独身時代バックパッカーのアフリカ旅──6日目:市場と人々のリアルに触れる

 6日目の朝。アフリカの太陽は相変わらず強烈で、宿のカーテン越しに差し込む光だけで目が覚めてしまうほどだった。バックパッカーの旅は、快適なホテルに泊まるわけではない。むしろ、最低限のベッドと蚊帳、そして水道があれば「今日はラッキー」と思えるくらいだ。それでも、当時の私は不思議と不満を感じなかった。むしろ、そうした「不便さ」そのものが、旅の一部として愛おしかったのだ。


この日は、現地の市場を歩き回ることを目的にしていた。ガイドブックには載らない、地元の人々が日常的に利用する大きな市場。観光客向けのお土産屋とは違い、そこでは生きた鶏や山羊、積み上げられた野菜や果物、スパイスの香り、そして人々の威勢のいい掛け声が渦巻いていた。最初に足を踏み入れた瞬間から、視覚も嗅覚も聴覚も、一気にフル稼働させられる感覚だった。


私は果物売りの青年と話をした。彼は英語を片言で話しながらも、笑顔を絶やさずにバナナを勧めてくる。価格交渉もまた市場の文化。値札は存在せず、その場のやり取りで値段が決まる。彼が最初に提示した価格を「高すぎる」と笑いながら返すと、彼もまた大声で笑い返してきた。最終的に彼の言い値より少し安く買えたのだが、それ以上に「交渉を通じて人と繋がる」という体験が印象に残った。


市場の奥に進むと、肉売り場の独特な匂いが漂ってきた。氷も冷蔵庫もない状態で吊るされた肉は、日本で暮らしていた私には衝撃的な光景だった。しかし、その肉を求める人々の表情は真剣そのもので、買い手と売り手が繰り広げるやり取りには生活の切実さが滲んでいた。観光ではなく「生活の現場」を目の当たりにすることで、私は自分が異国にいるのだと強く実感した。


昼前になると、市場の片隅に小さな食堂を見つけた。店と呼ぶにはあまりに粗末で、木の板と錆びた屋根を組み合わせただけの小屋のような場所だったが、そこから漂ってくる煮込み料理の香りに抗うことはできなかった。勇気を出して席に座り、指さしで注文をすると、大きな鍋からよそわれた豆と野菜の煮込みが出てきた。スパイスが効いていて、汗が止まらなくなるほどの辛さだったが、その味は驚くほど力強く、どこか懐かしさすら感じさせた。


食事をしていると、隣の席に座った中年男性が話しかけてきた。彼はこの町で長年暮らしているらしく、「なぜ日本から来たのか」と何度も尋ねてきた。私が「ただ旅をしたい」と答えると、彼は少し驚いたような顔をしてから、「勇気があるな」と笑った。その一言は、当時の私にとって何よりのご褒美のように響いた。


午後は市場の外れで行われていた即興の音楽演奏に出くわした。太鼓や笛のリズムに合わせて人々が自然に踊り始める光景は、日本では決して見ることのできないものだった。誰もが自由で、誰もが音楽の中に没入している。私はただその場に立ち尽くし、全身でリズムを浴びるように体験した。観光地の華やかさではなく、地元の日常に溶け込むことでこそ、本当の旅の喜びがあるのだと改めて感じた。


夜、宿に戻ると、埃まみれになった靴と、汗で張り付いたシャツに改めて気づいた。体力的にはかなり消耗していたが、心は充実していた。アフリカの市場で過ごした一日は、私の中に「旅とは、人の暮らしに触れること」という価値観を強く刻みつけた。


こうして6日目の夜は、ランプの明かりの下で静かに過ぎていった。外では虫の声と遠くの音楽が響き、ベッドの上で横になると、そのすべてが夢と現実の境界を曖昧にしていったのを覚えている。独身時代にしかできなかったこの無鉄砲な旅は、今振り返れば人生の宝物そのものだ。明日もまた、予想もしない出会いと学びが待っているのだろう。

川滿憲忠

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