メキシコの夜が教えてくれた「旅の本当の価値」──独身バックパッカー最終日
旅の最終日というのは、感情がとても複雑になるものだ。明日には次の国へ移動するという高揚感と、今いる場所を離れる寂しさが同居する。カンクンで過ごすこの7日目の夜も、まさにそうだった。 朝は静かに始まった。宿の共同スペースでコーヒーを淹れながら、壁に貼られた世界地図を眺める。そこには無数のピンが刺さっており、「ここにも行きたい」と思う場所が増えていく一方だ。隣で荷物をまとめていた旅行者が「どこから来たの?」と声をかけてきた。私が日本から来たと伝えると、「日本人は計画的に旅をするイメージがある」と笑った。だが、この旅はほとんど行き当たりばったりだ。計画性だけでは味わえない偶然の出会いが、旅を豊かにしてくれるのだと改めて感じた。 午前中は、観光地ではなく、地元の住宅街を散歩した。小さな商店の前で椅子に腰掛けるおじいさん、制服姿で登校する子どもたち、壁に描かれた鮮やかなアート。これらはガイドブックには載っていないが、旅の本質はこうした「生活の断片」にあると私は思う。SNSで映えるスポットばかりを追いかける旅は、見た目は華やかでも、心に残る深さは薄いことが多い。批判を恐れずに言えば、「写真のためだけの旅」は旅の価値を半分にしてしまっている。 昼はローカル食堂で昼食をとった。タコスとスープ、そして冷えたビール。観光客向けではない、地元の味がそこにあった。周りの席からはスペイン語の会話が飛び交い、その音が心地よく耳に入ってくる。食事をしながら、ふと「旅の思い出は誰のために作るのか」と考えた。インターネットで見栄を張るためではない。自分の心を満たすためだ。これこそが旅の本当の価値だと、私は信じている。 午後は港へ行き、サンセットを待った。海面が夕日に照らされ、金色に輝く。その光景を前にすると、人間が作るどんな建築物よりも、自然が織りなす景色の方が圧倒的に美しいと感じる。隣にいたカップルがスマホで何十枚も写真を撮っていたが、私はあえてカメラを下ろした。レンズ越しではなく、この目でしっかりと焼き付けたかったからだ。 夜になると、屋台街が賑わい始めた。香ばしい匂いと音楽が入り混じり、人々が楽しそうに語らっている。そこで食べたタコスは、たとえ高級レストランの料理でも敵わないほどの満足感を与えてくれた。理由は単純で、「その場の空気」と一緒に味わったからだ。 宿に戻り、バックパックを整...