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東南アジア放浪記 21日目:ジャワ島ジョグジャカルタへ、ボロブドゥール前夜

 <h2>東南アジア放浪記 21日目:ジャワ島ジョグジャカルタへ、ボロブドゥール前夜</h2> <p> 独身時代に挑んだバックパッカー旅も、ついに21日目。今日の舞台はインドネシア・ジャワ島。バリ島から飛行機で移動し、世界遺産ボロブドゥールを目指す前夜を過ごしました。<br><br> バリ島の朝は穏やかで、静かに出発の支度を整える時間がありました。デンパサール空港から格安航空会社のフライトに乗り、約2時間でジョグジャカルタに到着。降り立った瞬間に、バリの観光地らしい華やかさとは違う「生活の匂い」に包まれ、ぐっと心を掴まれました。<br><br> 市内に入れば、喧騒と活気が渦巻いていました。マリオボロ通りを歩くと、屋台の煙、ピーナッツソースの甘辛い香り、バイクの音、そして果物を売る人々の声。混沌としたエネルギーが、旅人である僕を強烈に飲み込みます。サテを頬張りながら「この日常の延長に、自分は一瞬だけ生きているんだ」と感じた瞬間は忘れられません。<br><br> 夜は宿の共用スペースで、ヨーロッパからの学生や韓国の一人旅、オーストラリアからの旅行者と会話を交わしました。地図を広げて情報交換し、国籍も文化も違うのに、同じ「旅をしている」という事実だけでつながれる。この一体感は、旅人にしか味わえない宝物です。<br><br> ネット上では「バックパッカーなんてただの自己満足だ」「危険を冒して意味があるのか」という声を見かけることもあります。しかし僕にとっては、こうした「移動の日」こそが旅の本質でした。安全に観光スポットだけを巡るのではなく、現地の人とすれ違い、旅人同士で交わし合い、文化の違いを全身で浴びる。その経験の積み重ねが、自分の人生観を形づくったのです。<br><br> 明日は早朝からボロブドゥールへ。写真で見た荘厳な仏塔群を前に、自分が何を感じるのか。21日目の夜、そんな期待感に胸を膨らませながら眠りにつきました。 </p> <p>川滿憲忠</p>

東南アジア編・20日目:バリ島の棚田で感じた生命の循環

 <h2>東南アジア編・20日目:バリ島の棚田で感じた生命の循環</h2> <p> バックパッカーとして迎えた東南アジア30日間の旅も、ついに20日目。今日はバリ島のウブドを拠点に、世界的にも有名なテガラランのライステラスを訪れました。朝の光が差し込む棚田は、まるで緑の波が幾重にも重なって広がっているようで、思わず息を呑むほどの美しさでした。<br><br> 小さな道を歩きながら、地元の農夫たちが稲を植える姿を見ていると、観光資源である前に「ここは人々の生活の場」だという当たり前のことに気づかされます。観光客のための写真スポットやカフェが点在していても、その奥では本気の暮らしが営まれているのです。<br><br> 観光地化と生活のバランスは難しい課題ですが、どこか誇らしげに作業する人々の姿を見ていると、土地の文化がしっかりと根を下ろしていることを感じました。僕自身もまた、ただの通りすがりの旅人でありながら、この風景の一部になれたような感覚が心地よく残ります。<br><br> 夕方にはウブドの町に戻り、小さな劇場でケチャダンスを鑑賞。炎の光に浮かび上がる舞踏の迫力とリズムは、棚田で感じた静けさとは正反対で、まさにバリという土地の多面性を象徴していました。自然と文化、静と動。そのどちらもが旅の魅力であり、僕を突き動かしてやまない理由なのだと思います。<br><br> この20日間で見てきた東南アジアは、決してひとつの色に収まらない。国や地域ごとに全く違うリズムを持ちながらも、底の方では人間と自然が繋がり合う感覚が共通して流れています。あと10日、僕はこの旅の答えを探しながら歩き続けたいと思います。 </p> <p>川滿憲忠</p>