バックパッカーとしての集大成|ウユニ塩湖で得た「静」の記憶
ウユニ塩湖に立ったあの日、私はひとりだった。バックパックひとつを抱え、旅の終盤に差し掛かった8日目。これまでの旅路の疲れと達成感を体にまといながら、夜明け前のツアージープに揺られていた。
空はまだ真っ暗で、車内も静まり返っている。旅仲間ではなく、見知らぬ誰かと共に乗っていることが、逆に心地よかった。誰の気配にも気を遣わず、自分の心だけに集中できる。
到着した塩湖は凍るような寒さ。それでもカメラを構える手が震えるのを忘れてしまうほど、風景は荘厳だった。少しずつ空が白んでくると、鏡のような水面に空が映り込み、天と地の区別が消えていく。
この景色のなかに立っている自分が、とても小さく感じた。大自然の前では人間なんて取るに足らない存在だと、ウユニは静かに語ってくる。だが、その無力さが、妙に安心感をもたらす。
私はその朝、何も言葉にしなかった。何も残そうとしなかった。ただ、その瞬間の風と光と、空気の重さを覚えておきたかった。それだけだった。
独身時代の旅は、無謀で自由だった。だが、無駄ではなかった。いま子どもと旅をしている私が、あの朝の景色を思い出すことで、育児にも少し余裕が持てる。それが旅の遺産なのかもしれない。
いつか家族を連れてまたここに来たい。その願いが叶うかどうかはわからない。でも、あの風景を知っていることだけで、世界の広さを子どもに伝えられる気がする。
川滿憲忠