【ヨーロッパ一周バックパッカー旅・8日目】ベルリンの壁に触れて感じた、“自由”の重さと現代の矛盾

 ### 【ヨーロッパ一周バックパッカー旅・8日目】ベルリンの壁に触れて感じた、“自由”の重さと現代の矛盾


プラハを夜行列車で出て、夜明けとともにベルリン中央駅に到着した。  

列車のドアが開いた瞬間、冷たい風とともに、張りつめたような空気が肌を刺した。  

ここは、歴史の分岐点となった街。  

そして、自由の象徴として、いまも人々の記憶に生き続ける街。


バックパッカーとして旅をしていた独身時代。  

自由を求めて世界を歩くことが、当時の自分の“生き方そのもの”だった。  

でも、このベルリンで立ち止まったとき、初めて“自由の重さ”を意識した。


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#### イーストサイドギャラリーで立ち止まる


午前中、かつて東西を分断した「ベルリンの壁」の跡地へ。  

壁は、もはやコンクリートの残骸ではなく、色彩豊かなアートとして蘇っていた。  

観光地のように賑わう場所でありながら、そこには静かに訴えかける力があった。


壁の前に立ち、指先でその冷たい表面をなぞる。  

「自由とは何か」「境界とは何か」──。  

そんな言葉が頭をよぎる。  

かつて、たったこの数センチの厚みが、家族や恋人を分断した。  

その事実を思うと、胸の奥がずしりと重くなる。


人間は壁を作り、そして壊してきた。  

けれど、“心の壁”だけは、今も世界中に残っている。  

差別、偏見、そして無関心。  

SNSでは「共感」や「正義」という言葉が飛び交う一方で、見えない壁はむしろ増えているように思う。  

ベルリンの壁が壊れた今も、私たちは別の形で分断を続けているのかもしれない。


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#### カリーブルストの屋台で聞いた言葉


昼、寒空の下で食べたカリーブルストの香りが今でも忘れられない。  

屋台で隣り合わせたスペインの建築学生が、こんなことを言った。  


> 「壁は壊れた。でも、人の心の壁は残っている。」


その言葉に、私は何も返せなかった。  

旅をして多くの国を見てきたつもりだったが、自由を“享受する側”の立場でしか考えていなかった。  

ベルリンの街は、自由の裏にある「痛み」を教えてくれた。  


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#### ホロコースト記念碑の静寂の中で


午後、私はホロコースト記念碑を訪れた。  

無数の灰色のブロックが規則的に並び、内部に進むほど地面が沈み、光が遠のいていく。  

その空間に足を踏み入れた瞬間、時間が止まったような感覚に襲われた。  


過去の悲劇を、どう受け止め、どう伝えていくか。  

それは、旅人としての私にも問われているようだった。  

“自由を語る”とは、“痛みを忘れない”ことでもある。  

ただの観光ではなく、歴史を肌で感じる経験こそが旅の本質なのだと思った。


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#### 現代の「見えない壁」を越えるために


夜、ブランデンブルク門の前に立った。  

黄金色に照らされた門の向こうに、人々の笑い声と音楽が響く。  

かつて東西を隔てていたその門が、いまは人々をつなぐ象徴となっている。  

それを見つめながら、私は思った。  


「本当の自由とは、“他者を理解しようとする努力”の中にあるのかもしれない」と。


いまの日本でも、SNSや社会の中で“見えない壁”が増えている。  

違う考え方を持つ人を攻撃し、排除し、沈黙を強いる。  

ベルリンで学んだことを、日本の現状に照らすと、複雑な思いが込み上げる。  

本来、自由とは他者の自由を尊重することなのに。


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#### 旅の終わりではなく、問いの始まり


ホステルに戻り、旅ノートに書き残した。  


> 「壁を越える旅を、これからも続けたい。」


この言葉は、単なる記録ではなく、自分自身への約束でもある。  

たとえリュックを背負わなくなったとしても、“越える”という行為を忘れたくない。  

ベルリンの夜に感じたあの冷たい空気と光は、今も自分の中に息づいている。


この旅が、誰かの“壁”を少しでも壊すきっかけになればいい。  

自由とは、誰かを否定しないことから始まる。  


──川滿憲忠

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