夜の静けさとホタルの光

「ホタル、見に行こうか」

夕飯を終えたころ、ふと思い立って車を出す。
目的地は、子どもが生まれる前によく訪れていた小さな川辺。
あの頃はふたりで静かに光を眺めていたけれど、今では後部座席に小さな笑い声が加わった。

夏も本番に差し掛かるこの時期、
日が暮れると涼しい風が吹き始める。
目的地に近づくにつれて、虫の声や水のせせらぎが車窓から聞こえてきて、自然と会話も減っていく。
まるでこれから始まる“ホタルの時間”に、気持ちがそっと切り替わるようだった。

車を降り、少し歩く。
川沿いの細道を抜けると、ほんのりとした緑色の光が草の奥で瞬いた。

「いた!」

子どもが目を丸くして指さす。
その先にはふわりふわりと飛ぶホタル。
一匹、また一匹と、草陰から姿を現すその様子は、まるで暗闇に灯る小さな鼓動のよう。

ホタルの光には、懐かしさと不思議な切なさがある。
幼い頃、祖母と見に行った思い出。
高校時代、誰にも言えない恋をしていたあの夜。
就職して初めての一人暮らしに疲れた帰り道で見つけた川辺のホタル。
どれも少しずつ自分の中に残っていて、それが今、この風景と重なる。

子どもが「つかまえていいの?」と聞いてくる。

「そっと見てあげよう。ホタルは、見られるために光ってるからね」

そう言いながら、自分自身にも言い聞かせていた。
過去の出来事や、人の記憶にどう映っているか。
気にしすぎていた時期もあったけれど、
今はこうして“見守る”こと、“受け入れる”ことのほうが大切に思える。

ホタルは儚い。
寿命も短く、光の時間も限られている。
でもその一瞬があるからこそ、美しい。

たとえSNSで何も言わなくても、ブログのアクセスが少なくても、
誰か一人の心に残れば、それでいいのかもしれない。
ホタルのように、ただ自分の光を静かに灯していけば。

帰り道、子どもは車の中ですぐに眠ってしまった。
その寝顔を見ながら、また来年も見せてあげたいと思った。
ホタルの光は、きっと来年も、同じ場所で待っていてくれるだろう。

川滿憲忠

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