ユーカリの香りに包まれる午後 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 7/19/2025 休日の午後。子どもたちが昼寝をしている間に、静かな時間が訪れる。 窓からの風に揺れるユーカリ。その葉からほのかに漂う香りが、心を優しく包んでくれる。 このユーカリ、最初は虫除け目的で買ったのだけれど、気づけばその存在に心救われている。 育てるには手間もいるけれど、その分だけ心が通う。 静かで、言葉のいらない癒し。 今日も、そっとその香りに身をゆだねる。 川滿憲忠 note版はこちら:note アメブロ版はこちら:アメブロ リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ
ヨーロッパ一周・最初の10日間で気づいた「自由」と「孤独」──批判を恐れず、自分の旅を生きる 10/27/2025 「自由に生きたい」と言うと、必ず誰かが笑う。 「現実を見ろ」「そんなのは自己満足だ」と。 けれど、現実の中で息苦しさを抱えながら、心の声を無視して生きるほうが、よほど非現実的ではないだろうか。 このヨーロッパ一周の旅、最初の10日間は、そんな“自由に生きること”の意味を私に突きつけた。 --- ### ◆ ロンドンで感じた最初の孤独 バックパックひとつを背負って、ロンドンの空に降り立った瞬間。 心が震えるほどの高揚感と同時に、深い孤独も感じた。 誰も自分を知らない街。 誰も、自分のことを気にしない世界。 それは怖くもあり、心地よくもあった。 ホステルの小さなベッドで夜を迎えたとき、「自由には孤独がつきものだ」と悟った。 夜、パブで知り合った旅人たちは、それぞれに理由を抱えて旅をしていた。 夢破れた者、人生に迷った者、何かを取り戻したい者。 話すうちに分かったのは、彼らが「逃げている」のではなく、「探している」ということだった。 --- ### ◆ パリで出会った“他者との境界線” ユーロスターでパリに移動し、モンマルトルの坂を登る。 街全体がアートのように見えた。 でもその美しさの裏に、人の孤独が見えた。 カフェで隣に座った老紳士がこう言った。 「自由とは、自分で責任を持つことだ。だから人は怖がるのさ。」 その一言に、胸の奥が熱くなった。 旅の途中、何度も自分に問うた。「この選択を誰のせいにもしていないか」と。 --- ### ◆ スイスでの静寂 スイスに入ると、世界が静まり返った。 アルプスを見上げながら、何も考えずに息を吸う。 「自分がここにいる」という実感だけが残る。 その瞬間、SNSも、他人の評価も、まるで無意味に感じた。 人に“いいね”をもらうために生きてきたわけじゃない。 この空気を吸うために、私はここにいるんだ。 そう思った。 --- ### ◆ 「旅は逃げ」だと言われたことがある よく言われた。「現実から逃げてるだけだろ」と。 ... 続きを読む
ヨーロッパ一周バックパッカー13日目:ザグレブの青空と市場の香り 10/10/2025 ヨーロッパ一周バックパッカー13日目:ザグレブの青空と市場の香り ブダペストから列車で国境を越え、たどり着いたのはクロアチアの首都・ザグレブ。ヨーロッパの中でもまだ素朴さと人の温もりが残る街だと聞いていた。駅に降り立った瞬間、どこか懐かしい匂いがした。カフェのコーヒーの香りと、夏の陽射しの混ざる空気。旅を続けるうちに、そうした香りや温度が、土地の記憶として残っていくのだと気づく。 聖マルコ教会と穏やかな午後 旧市街の坂を登ると、白壁にカラフルな屋根瓦を持つ聖マルコ教会が現れる。観光客が少なく、穏やかで時間が止まったような場所だった。ベンチに座っていると、現地の学生が声をかけてきた。 「どこから来たの?」 「日本だよ。」 笑顔で返すと、彼は「日本人は礼儀正しいって聞いた」と言った。たった数分の会話でも、見知らぬ土地で人と心が通う瞬間は旅の醍醐味だ。別れ際、彼が手を振ってくれた姿が、今でも目に浮かぶ。 ドラツ市場で感じた“生きる匂い” 昼頃、宿のオーナーにすすめられた青空市場「ドラツ市場」へ。広場いっぱいに赤いパラソルが並び、野菜や果物が山のように積まれていた。真っ赤なパプリカ、甘酸っぱい桃、そしてパンを焼く香ばしい匂い。おばあちゃんの屋台で桃を買うと、「一つおまけね」と笑顔で渡してくれた。 その優しさが、どんな観光名所よりも心に沁みた。旅を続けるほど、こういう何気ない人との触れ合いが、心の支えになっていく。 カフェ文化に溶け込む午後 ザグレブは“カフェの街”とも呼ばれるほど、昼下がりにはどこも満席だった。私も街角のカフェに腰を下ろし、エスプレッソを注文する。隣のテーブルでは、年配の男性たちが新聞を広げて政治談義をしていた。熱く語りながらも、笑顔を絶やさない。 旅の途中だと話すと、彼らは拍手してくれた。異国でたったそれだけのことが、胸の奥をじんと温める。言葉が通じなくても、人の温もりは伝わるのだと実感する。 丘の上の夕景とギターの音色 夕方、グリチェ丘へ登る。オレンジ色の屋根が連なり、教会の塔が長い影を落としていた。夕陽に照らされた街は、まるで絵画のように美しかった。丘の上でギターを弾く青年がいて、その音が風に乗って広がる。知らない人たちが次々と立ち止まり、静かに聴き入っていた。 音楽には国境がない。その瞬間、世界がひ... 続きを読む
ヨーロッパ一周バックパッカー旅・10日目|プラハの夜に感じた“自由”という名の不安と希望 10/07/2025 ヨーロッパ一周バックパッカー旅・10日目|プラハの夜に感じた“自由”という名の不安と希望 ベルリンからドレスデンを経由して、列車でプラハへ向かう。 東欧という響きには、どこか懐かしい哀愁と、歴史の重みが同居している。 そして、その両方を包み込むような温かさが、プラハにはあった。 10日目の今日は、自由という言葉を改めて考えさせられた一日だった。 早朝のカレル橋で見た静寂の美 朝6時前、まだ太陽が完全に昇りきらない時間に、カレル橋へ向かった。 人気の観光スポットだが、早朝だけは静寂が支配している。 霧の中に浮かぶプラハ城のシルエット、石畳を踏む足音、そして川の流れ。 そのすべてが、まるで時間が止まっているかのように感じられた。 私は橋の真ん中で立ち止まり、深く息を吸い込む。 少し冷たい空気と一緒に、旅の実感が体の中に入ってくる。 「これが旅の自由かもしれない」とふと思った。 誰の予定にも縛られず、自分の足だけで進む感覚。 それは、不安でもあり、同時に希望でもあった。 共産主義博物館で見た“自由を求めた人々”の姿 昼過ぎ、旧市街を抜けて共産主義博物館を訪れた。 そこには、かつて自由を奪われていた時代の写真や資料が並んでいる。 笑っているはずの人々の目が、どこか寂しげだった。 それでも、そこには確かに「生きる力」があった。 映像で流れていた1989年の「ビロード革命」。 学生たちが手に持ったベルを鳴らしながら、「もう恐れない」と叫ぶ姿に胸を打たれた。 自由とは、与えられるものではなく、自分たちで勝ち取るものなのだと痛感する。 旅をしているときの、あの孤独感や不安も、自由の一部なのだろう。 誰もが自分の中で、小さな革命を起こしながら生きているのかもしれない。 旧市街広場で見た“生”の象徴 午後、旧市街広場に戻ると、天文時計の前は観光客でいっぱいだった。 鐘が鳴り、人形たちがゆっくりと動き始める。 死神の人形が鐘を鳴らすたびに、人々が笑顔でシャッターを切る。 皮肉なことに、「死」を象徴する時計が“生”の象徴にもなっているように思えた。 私はその光景を見ながら、自分の人生にも同じことが言えると感じた。 有限であるからこそ、今を大切にできる。 旅も、終わりがあるからこそ、記憶に残るのだ。 ... 続きを読む