ヨーロッパ放浪で出会った“忘れられない人たち”──言葉を超えたつながり
「バックパッカーなんて、現実逃避だ」 そんな言葉を、当時は何度も耳にした。 社会に出る前の若者が、ヨーロッパを放浪して何を得るのか。 そう言われるたびに、僕は少しだけ悔しかった。 でも、あの2ヶ月の旅で出会った“人たち”が、 いまの僕を形づくっていることを、胸を張って言える。 ──これは、独身時代にバックパックひとつでヨーロッパを歩いた、川滿憲忠の原点の記録だ。 スペインのグラナダ。乾いた風と、ギターの音。 宿の受付で出会ったフランス人の青年が、「日本から来たの?」と声をかけてきた。 聞けば、兄が京都を旅したという。 「日本人は、静かに情熱を持ってる。兄がそう言ってた」 彼の言葉に、少し照れながら笑った。 その夜、屋上で安いワインを飲みながら、彼が言った。 「写真って、世界のどこでも“同じ空”を写せるんだ」 その一言が、今も頭から離れない。 国が違っても、見上げる空は同じ。 この世界を区切っているのは、いつも人の思い込みだ。 リスボンでは、道に迷っていたときに老婦人に助けられた。 ポルトガル語はほとんどわからないのに、彼女の表情と手の動きで全部が伝わった。 「あなた、息子みたいね」と笑って、手書きで地図に道順を描いてくれた。 お礼に日本の飴を渡すと、涙ぐんで「Obrigada」と言った。 旅先で感じた“母のような優しさ”は、 どんな観光地よりも深く記憶に残った。 「人の優しさに言葉はいらない」──それが旅で学んだ最初の哲学だった。 ベルリンのホステルでは、夜中にギターを弾くルーカスという青年と出会った。 彼は「お金はすぐ消えるけど、音は残る」と言って笑った。 そのとき僕は、日本語で「上を向いて歩こう」を歌ってみた。 国籍も関係なく、知らない旅人たちが自然と手拍子をしてくれた。 音楽が国境を越える瞬間を、肌で感じた。 “伝わる”とは、“理解する”ことではなく、“共鳴する”ことだと知った夜だった。 パリ...