投稿

10月 14, 2025の投稿を表示しています

ヨーロッパ一周バックパッカー18日目:ベオグラードで見た「再生する都市」と人の強さ

ヨーロッパ一周バックパッカー18日目:ベオグラードで見た「再生する都市」と人の強さ クロアチアを出て、長距離バスでセルビアの首都・ベオグラードへ向かった。バスの車窓から見える風景はのどかで、牧草地の向こうに赤い屋根の村が点在している。けれど、国境を越えるたびに胸の奥にわずかな緊張が走る。ヨーロッパの東側を旅するということは、ただ風景を眺める以上に「歴史」と向き合う行為なのだと感じる。 戦火をくぐり抜けた街の息づかい ベオグラードに着くと、思っていたよりもずっと活気に満ちていた。人々の表情は明るく、街のあちこちから音楽が流れてくる。しかし、建物の壁にはいくつか弾痕が残り、過去の痛みが静かに語りかけてくる。 まず訪れたのは「ベオグラード要塞(カレメグダン)」。ドナウ川とサヴァ川の合流地点に立ち、戦争の記憶と共に何百年も街を見つめてきた場所だ。その上から見下ろす夕暮れの川は穏やかで、まるで過去を包み込むような優しさを湛えていた。 過去を隠さず、未来へ進む若者たち 宿のオーナーはロンドン帰りのセルビア人女性だった。「ベオグラードは痛みを消さない街。でも、その痛みがあるからこそ新しいものが生まれるの」と彼女は言った。 実際、街のカフェやバーは若者たちであふれている。ストリートアートが壁を彩り、地下バーではジャズやテクノが鳴り響く。“再生”という言葉が、空気の中に自然と溶け込んでいた。 旅をしていると、どの国でも「新しい世代」が希望をつくっているのを感じる。ベオグラードも例外ではなかった。 ドナウ川沿いの黄昏 夕暮れ、ドナウ川沿いを歩いた。川面に沈む夕日が金色に染まり、ゆっくりと夜が始まっていく。川沿いのバーに入ると、サックスの音が風に乗って聞こえてきた。地元の青年たちがビール片手に談笑しており、私もいつの間にかその輪の中に加わっていた。 「どこから来たんだ?」と聞かれ、「日本から」と答えると、驚いたように笑いが起きた。「遠いね。でも音楽は距離をなくす」その言葉が妙に心に残った。彼らと肩を並べて聴いたジャズは、世界のどこにいても通じる“平和”の象徴のように感じられた。 自由という名の夜 夜のベオグラードは、まるで別の街のように輝く。路地裏のバーではダンスが始まり、通りには笑い声があふれ...

>ヨーロッパ一周バックパッカー17日目:サラエボで感じた「過去と共に生きる」力

  ヨーロッパ一周バックパッカー17日目:サラエボで感じた「過去と共に生きる」力 ドブロブニクを出て、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボへ。 この街の名前には、いつも重みがある。バスの車窓から見える景色は穏やかで美しいのに、心の中にはどこかざらついた感情が残る。 戦争という過去と、どう向き合ってきたのか。それを自分の目で確かめたい――そんな思いで、私はこの街に降り立った。 壁に残る弾痕と、人々の笑顔 サラエボの街を歩くと、今も多くの建物に弾痕が残っている。 けれど、その傷跡のすぐ隣で、パン屋の香ばしい匂いが漂い、カフェでは人々が笑いながらコーヒーを飲んでいる。 その対比に、胸を締めつけられるような感情が生まれた。 過去を隠さずに、日常を取り戻していく――それがこの街の生き方なのだろう。 「サラエボのバラ」に込められた記憶 旧市街を歩いていると、道路のあちこちに赤い跡があった。 それは「サラエボのバラ」と呼ばれるもの。爆撃でできた穴を赤い樹脂で埋め、犠牲者を追悼する記念として残している。 消してしまうこともできたはずなのに、あえて残す。 その選択に、この街の強さと優しさを感じた。 「忘れない」ことが、サラエボの人々にとっての希望なのだと思う。 平和を語る若者との出会い 夕方、バシチャルシヤのカフェで、ひとりの大学生と話をした。 彼は平和学を学んでいる青年で、こう語った。 「戦争を忘れることは簡単。でも、向き合って乗り越えることは難しい。だから僕たちは、それを続けるんだ。」 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。 旅先で出会う何気ない会話が、心の奥深くに響くことがある。 サラエボ要塞からの夜景 夜、Yellow Fortress(サラエボ要塞)に登ると、眼下には無数の光が広がっていた。 過去に火の粉が舞い上がった街が、今は灯りで満ちている。 その光景はまるで、人々の希望そのものだった。 静かに息を呑みながら、「人は何度でも立ち上がれるんだ」と実感した。 “旅”がくれるもの このサラエボで感じたのは、「他人の痛みに想像を向ける」ということの大切さ。 自分が平和な国で暮らしていることを、当たり前だと思ってはいけない。 旅は、世界の多様な痛みと美しさを、自分の感情で受け取ること。 その体験こそが...