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10月 18, 2025の投稿を表示しています

正しい子育て”を押しつける社会──誰のための教育なのか

 タイトル: 「“正しい子育て”を押しつける社会──誰のための教育なのか」 本文: 「正しい子育て」という言葉ほど、時に人を追い詰めるものはないと思う。   まるで“子育ての正解”がどこかに存在していて、それに従えばすべてがうまくいくような錯覚を、多くの人が抱いている。   でも現実はどうだろう。家庭の数だけ子育ての形があり、子どもの数だけ成長のペースがある。   それを無視して、マニュアルのように「これが正しい」「こうすべき」と語る社会の姿勢に、私はずっと違和感を持っている。 最近のSNSやメディアでは、「○歳までにこれができるように」「早期教育こそ愛情」「親の努力が子の未来を変える」などといった言葉が頻繁に見られる。   そこに込められた“善意”を否定する気はない。けれど、その言葉がどれだけの親たちを苦しめているかを、発信する側はどれほど意識しているのだろうか。   育児をしていれば、誰だって「これでいいのか」と迷う。そんな時に、「もっとこうしなければ」という情報ばかり流れ込んでくるのが今の社会だ。 私は千葉で暮らしているが、ここでも子育て支援センターや公園などでよく耳にするのが、「うちはまだ○○できないんです」「他の子はもう□□できて…」という声だ。   比較は仕方のないことかもしれない。でも、それを“競争”のように煽るような風潮があることに、私は違和感を覚える。   たとえば、うちの子は1歳と2歳のころ、他の子より少し言葉が遅かった。   でもその分、表情や仕草、感情表現が豊かで、何かを伝えようとする力が強かった。   それを「遅い」と一括りにしてしまうのは、子どもの可能性を見誤る行為ではないだろうか。 報道や教育番組でも、「理想の親像」「成功する子育て法」などが紹介される。   だがその“成功”とは誰にとってのものなのか。   偏差値や成果で評価される時代が終わったと言われながら、実際は形を変えて“優秀さ”が求められている。   SNSでバズる「育児の正解」が、まるで世の中の常識になってしまう。   そして、少しでもそれに合わない家庭は「努力不足」「意識が低い」とラベルを貼られる。   これは単なる情報発信では...

知恵袋の投稿がニュースになる時代に──報道の信頼と匿名性のはざまで

 本文   最近、ネット上の何気ない投稿が報道にまで発展するケースが増えている。   特に「Yahoo!知恵袋」に書かれた質問や回答がニュース化される流れは、もはや日常的なものになりつつある。   たった数行の匿名の文章が、SNSを通して拡散され、テレビや新聞、ネットニュースに引用される。   情報が広がるスピードは早いが、その裏に潜む「検証の欠如」や「誤解の固定化」について、どれほどの人が意識しているだろうか。   本来、知恵袋は悩みや疑問を共有するための場だった。   誰もが気軽に質問し、経験者が回答を寄せる。   そこには助け合いや共感が生まれ、匿名だからこそ話せる率直な言葉があった。   だが、いつの間にか「誰かを非難する投稿」「一方的な主張」「感情的な断罪」も混ざりはじめた。   その投稿が“社会の声”として報道に利用される時、問題の性質は一気に変わる。   --- 例えば、ある地域の学校で起きたトラブル。   「先生の対応に不満がある」と投稿した保護者の言葉が拡散され、数時間後にはSNS上で「学校が不適切な対応をしている」と批判が殺到した。   そして翌日、ニュースサイトが「知恵袋で話題の学校問題」として報じた。   だが後日、実際の関係者に取材すると、事実関係には誤りがあった。   それでもネット上には記事が残り、投稿者も学校も、互いに誤解と偏見の中で傷ついたままだった。   匿名性の裏には、責任の所在の曖昧さがある。   書き手は一時的な感情で書き、読み手はそれを“真実”として受け取る。   報道がそこに介入することで、情報は「ニュース」として社会的意味を持ってしまう。   これが現代の情報リスクだ。   --- 報道機関の立場から見れば、「ネットの声を拾う」ことは時代の流れに沿った行為だ。   だが問題は、その“拾い方”だ。   記者が現場に足を運ばず、SNSや知恵袋の書き込みを“市民の声”として記事化するケースも増えている。   「ネットではこう言われています」という一文が、取材の代替になってしまっている。   ...