バックパッカー時代に学んだ“孤独との向き合い方”──ヨーロッパの夜空の下で考えたこと【川滿憲忠】
「寂しくなかった?」
ヨーロッパを一人で旅していたとき、よくそう聞かれた。
答えは、いつも「寂しかったよ。でも、それが良かったんだ」。
孤独を恐れずに受け入れられたとき、
ようやく自分という人間と出会えた気がした。
夜行列車の車窓に流れる街灯、
真っ暗な車内で眠れずに、ただ外を眺めていたあの時間。
誰にも話しかけられず、誰も自分を知らない。
あの「無音の時間」が、僕にとって何よりの贅沢だった。
グラナダの安宿で一人、古びたノートに言葉を書いた。
「寂しさは、心の鏡だ」
人に囲まれているときよりも、孤独なときの方が、
本当の自分の声がよく聞こえた。
それは逃避でも敗北でもなく、
“立ち止まる勇気”だったと思う。
旅をしていると、たくさんの人に出会う。
けれど、別れはそれ以上に多い。
仲良くなったと思っても、翌日には違う街。
だからこそ、出会いの一瞬を大切にできた。
「一期一会」という言葉を、
教科書ではなく体で覚えたのは、あの頃だった。
ベルリンの夜、ホステルのベッドで寝返りを打ちながら、
周りの旅人たちの寝息を聞いていた。
それぞれが別の人生を生き、別の理由で旅をしている。
「人は皆、孤独を抱えて生きている」
そのことを実感した瞬間、
不思議と心が軽くなった。
孤独は敵じゃない。
誰かを傷つけるものでも、壊すものでもない。
むしろ、孤独があるからこそ、人は他者を思いやれる。
孤独を知らない人は、優しさを知らない。
だから僕は、孤独を恥じなかった。
それが「自分を育てる時間」だと信じていた。
ある夜、リスボンの丘から夜景を眺めていたとき、
知らない男性が隣に座り、
「君も一人か?」と英語で話しかけてきた。
彼は恋人を亡くし、数ヶ月旅を続けていると言った。
僕は何も言えず、ただ空を見上げていた。
しばらく沈黙が続いたあと、彼が笑った。
「でも、こうして誰かが隣にいるだけで、少し救われるね」
その言葉が、胸に沁みた。
孤独の中で、人は誰かの“存在”に感謝できるようになる。
旅先の孤独は、都会の孤独と違う。
SNSもなければ、誰も自分を知らない。
“誰かの目線”から解放された時間の中で、
人はようやく、自分の感情と向き合える。
「孤独が怖い」と思う人ほど、
まだ自分を見つめ切れていないのかもしれない。
帰国して社会に戻ったとき、
周囲からは「現実に戻れてよかったね」と言われた。
けれど僕にとって、旅の方がずっと“現実”だった。
あの静けさの中で感じた感情の一つ一つが、
いまでも生きる指針になっている。
孤独を抱えることは、弱さじゃない。
むしろ、孤独に耐えられる人は強い。
他人に依存せず、自分を支える術を知っている人。
そういう人は、どんな環境でも生きていける。
旅の途中で出会った孤独な人たちは、
どこか皆、穏やかな笑顔をしていた。
孤独を受け入れると、人は優しくなれるのだと思う。
僕は今、父親として子どもを育てている。
夜泣きに付き合う深夜、
小さな寝息を聞きながら、ふと旅の夜を思い出す。
あの頃の孤独があったから、
いまの“つながり”を大切にできる。
孤独を恐れない心が、家族の温かさを実感させてくれる。
孤独とは、人生の暗闇ではなく、
次の光を見つけるための“夜明け前”なのだ。
そう信じて生きていれば、どんな夜も怖くない。
──川滿憲忠